プレイレポート
ゲームのマップ設定 †
ゲーム名:GO! 将軍
マップ設定 †
・地図:フラクタル
・大きさ:大きい
・気候:温帯
・海面:中
・時代:古代
・スピード:迅速
・ラップ:円筒
・資源:標準
オプション †
・「都市の破壊なし」
参加人数 †
・8人
(PL4人/CPU4人)
・CPUレベル/酋長
Civ4を購入し、最初の対戦だったので、かなり設定はノーマルです。
対戦人数も4人と少なかったので、残りをCPUで埋めることに。
対人戦を主体にするため、CPUのレベルも酋長におさえてみました。
プレーヤー国家は、ドイツ、エジプト、モンゴル、イギリスの4国。
ゲーム期間 †
2006/09/30から、2007/02/04までのおよそ4ヶ月間。
レポート †
古代〜中世 †
レポートというより、すでに終わったゲームなので、結果発表となってしまうのですが。
序盤より、文化遺産を独占したエジプトの独走が決定的となりました。
追従するドイツ、モンゴル、イギリスのPL各国とは、スコアが開く一方。
中世〜近代 †
ここまでは、1位エジプト、2位ドイツ、3位モンゴルのテクノロジーの差はさほどなし。スコアだけは差がつくけど。
PL各国でテクノロジーのやりとりが活発となる。次第に文化遺産と偉人の差で、エジプトの独走態勢が固まる。
宗教もほとんどエジプトが独占。イギリスがなんとか道教をゲット。モンゴルもイスラム教を創始。
ドイツは最後まで宗教を取れず。なにやってるんだろう(って、筆者なんだけど)
結局ドイツは、他宗教国家となり、自由主義を発見した暁には、速攻で信教の自由を取り入れましたとさ。
近代〜世界大戦期 †
PL国家がCPU国家への侵略を開始。エジプトが隣接する中国を滅亡させる。
PL国家中、唯一別大陸にいたイギリスも、大陸の独占をはかって日本領を併合。しかし、北方の半島に進出したドイツの都市のため、大陸統一の悲願は達せず。
エジプトの独走態勢が確立されたため、その途上にあるドイツ、モンゴルが共闘することを確認。
共闘の内容は、
・テクノロジーの交換と、テクノロジーの開発分担。
・いずれか一方の国家が、エジプトと戦争状態になったら、同時に参戦(口頭での防衛協定)
それまで、エジプトとモンゴル、ドイツの間には日本領があり、緩衝地帯となっていました。
しかし、中国を滅亡させて勢いに乗るエジプトの北伐は明確でありました。
そこで、対抗するためにドイツも南に国境を接する日本を侵略。
モンゴルは、北のペルシアを攻略。
- イギリスの動向
イギリスはほぼ大陸全域を掌握していましたが、東部には都市圏の隙間がまだある状態でした。
ココに、日本とドイツが入り込み、都市を建設されてしまいました。
日本(CPU)の都市は、近隣に高文化の大都市があったため離反し、イギリスに編入されましたが、ドイツの都市は大陸辺境だったため、離反は無理と判断し周囲を都市で押さえ込み膨張を止める戦略を取りました。
教訓としては、孤立した大陸を掌握したいなら、早めに沿岸部を埋めるべき、というあたりでしょうか。
結局、イギリスは一度の戦闘も行いませんでした。
この項目の記述者:イギリス担当
世界大戦から〜ゲームエンドまで。 †
エジプトの日本攻略が終了し、ドイツ、エジプト、モンゴルのPL三国がはじめて国境を接することになりました。
各国とも近代装備をそろえ、ユニットの質は同等。ただし、最終段階でエジプトが戦車を戦場に投入しはじめました。
ユニット数はモンゴルが一番多く、ドイツは多くの長距離砲をそろえるという状態になっていました。
すわ、開戦というタイミングとなったものの、全員がウォーロードを購入したことと、グループ外のプレーヤーを募集したところ、あっさり集まったということもあり、ここで対戦は協議終了。
スコアでぶっちぎるエジプトが1位、以下、ドイツ、モンゴル、イギリスという順番となりました。
今回の問題点 †
以前、CTPでPBEMをしていた時は、後半の逆転性と判断の重要性を増すため、不思議の建造制限というものを取り入れていました。Civ4では文化遺産と名前を変えましたが、その効果はやはり大きいことを痛感しました。
なので、今後のゲームでは、文化遺産の縛りを取り入れたほうが良いという判断となりました。
これが最終マップ。黄色がエジプト、茶色モンゴル、北の白がドイツ、別大陸の白がイギリス。
微妙に、日本が1都市残ってるのが、ドイツ(筆者)の根性なしっぷりを見せてるカンジ(笑)。
右上や左上の島は、それぞれCPUのインカとインド。
南の大陸の北部。左が、ドイツの植民地。右がイギリスの領土。
緊張状態が続いたものの、結局なにもなし(笑)
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